朝、子供を見送れるのは幸せなことだと気づいた。

 今朝は息子が運動会の朝練のために早起きしてくれたので、息子を送り出した後、いつもの朝よりゆとりがあった。ゆったりとした気持ちで娘のお弁当を作り、娘とおしゃべりをして、ゆったりとした気持ちで娘を送り出すことができた。

 娘の背中を見送りながら、こうして我が子を毎朝送り出せることは幸せなことだなと気づいた。私の母は働いていて、片道2時間かけて通勤していたから、家族の誰よりも早く家を出ていた。朝食は用意されておらず、炊飯器にご飯だけは炊いてくれていたので、高校生の私は自分で朝食を用意して食べた。といっても実際は自分で用意する余裕はなく、炊飯器からご飯だけをひとくち食べて学校へ行くことが多かった。当時は何も思わなかったけれど、よくあれで午前中の授業を乗り切っていたなと思う。

 母の通勤の大変さを知っていたから、なんでちゃんと朝食を用意してくれないんだと思ったことはなかった。だけどそれ以上の母の気持ちに思いを馳せることはなかった。

 今朝、娘の背中を見送りながら、母も本当はこうして我が子に時間をかけて接したかったのかなと思った。シングルマザーになったから。働かなきゃいけなかったから。

 私はこうして丁寧に子育てできている。そのことに関して後悔することはないだろう。自分のキャリアの再形成でもがいているところはあるけれど、丁寧な子育てに関しては悔いはない。と今のところ思う。

 それも幸せなことだなと気づいた朝の時間だった。



365日の展覧会

はは、むすめ、むすこのアートな日々

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